レイアSS-S

□Why flower bloom?
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「どうし様。ぼくたちに魔法を教えてください」

そう言って自分に教えを請いにきた幼い子供。
まだ早すぎると諭そうとしても毎日のように弟と共にこのボロ屋を訪ねてきたおかげで、ついにはこちらが根負けして極端に小さな弟子を持ってしまった。
この年頃の未熟さゆえの頑固さとは別、瞳に強い光をたたえた二人の幼子に望みどおりの修行をさせてみたのは1年ほど前だったか。

基礎も習ってまだ半年、乾いた海綿が水を吸い尽くすがごとく要領を得ていく小さな二人に僅かずつではあったが天賦の才を垣間見たりもした。
ほんの二月ほど前に試した水の術では驚くほどに水浸しになった。それならば、と与えた課題は小さな花壇の手入れ。ようやく土から顔を出したばかりの小さな若芽を見事に花咲かせてみよと、ちょっとばかり時間と根気のかかるもの。
基礎の修行もかねつつ年に不相応な術を繰りながら日々成長していく花の苗に思わず下がる眦もあり、あの二人の年相応の悪戯にひくひくと引き攣る頬もまた然りだ。
一昨日など、小さな蕾を見つけて喜んでいたなと花壇へと足を進めたら突然の大雨を食らった。何十回も重ねた術をここまで外すのは意図的としか言いようがなくて、お返しに雨粒を石の礫に変える術をお見舞いした。ついでに降り積もった小石は全部片付けよと置き土産もした。

そしてそんな苦労を重ねて育て上げた花が咲くのは多分今朝。

朝もやが静かに漂う明けの口。陽の光が届くか届かないかの時間帯に咲くのがこの花の特徴で、それは前日にあの兄弟にも伝えてある。いつも水をまく時間よりもかなり早いが、果たして件の花壇にあの二人は居るのだろうか。


己の住まうあばら屋からほんの数分、なぜか早足になりながら目的の場所を目指す。背の低い垣根に囲まれた決して広くは無い庭園の片隅に視線を送れば小さな背中が二つ。ちょこんとしゃがんで自分の腰ほどまでに育った苗をじぃ〜っと見つめている様に思わず頬が緩んだ。

「ザガート、ランティス。二人ともきちんと起きられたようだな」
自分の気配に気が付かぬほどに集中しているその背にむかって声を掛ける。
「おはようございます導師クレフ」
「ああ、おはよう。ランティスは少し眠そうだな」
「おはようございます。僕はきちんと起きたんだけどランティスは揺すっても叩いても落っことしても引っ張っても起きなかったんだ」
「おや?それでザガートはどうやってランティスのことを起こした?」
「おはなに水をあげました」
「なるほど。」
どんなに目覚めが悪くとも朝から水死してはかなわんと飛び起きるなと笑いを堪えながら、くるりとばね仕掛けの人形のような俊敏さで振り向いた二人の漆黒の髪をよしよしと撫でる。愛おしい弟子たちの日々成長していく姿と、その二人の見つめていた先の膨らんだ蕾が重なる。
今はまだまだ固い蕾すらないけれど、日々の研鑽はゆっくりとでもその若き才の開花のために葉を茂らせ根を大地に深く深く張っていけばよい。

東の空が白んで夜明けを告げる野鳥の歌がちらりほらりと耳に届けば、沈んだままの空気に流れが生まれて朝霧をゆっくりと散らばしていく。白い霧から解き放たれた世界は明るさを増しつつある空と、今生まれ来る今日の太陽を優しく迎えるのだ。

そして透明で清涼な日の光があたり一面に射し込みその蕾を照らす。ゆっくりと、けれども瞬きすら惜しむほどの柔らかな動きでそれは姿を変えていく。やがてそれは一輪の可憐な花へ。

「お前たちが、咲かせた花だ」
しばしの間、息をすることも忘れてその姿に見とれていた二人へとのねぎらいの言葉を掛ける。この美しさを生み出したのはお前たちの力だと。
「僕たちが・・・・・・」
「そうだ。この花の持っていた花開く力をお前たちが毎日手助けをしたのだ。だからこそこの花は美しかろう?」
この花に咲きたいという意思が無ければ咲くことは無い。けれど花があればこそ咲かせる事だってできる。
「この花も頑張って咲いてくれたんだ」
「・・・・・・きれいだ・・・・・・・」


−そう。世界とはこうあるべきなのだ。−
などと考えたのは邪な思いだっただろうか。一輪の花に目を輝かせる二人の幼い弟子に師である己の心に掛かるものに触れさせてしまったのだろうか。胸を過ぎった暗い影はいつかその姿変えて二人の愛弟子を苦しめるものになるのだろうか。





花びらを滑り落ちた朝露が葉の上で一瞬踊ってそして地へと吸い込まれた。

それは一滴の涙にも似て儚いまでに美しかった。



その姿から視線を空へと向けた。可憐な、けれど儚く散ってしまうまでの一瞬の、時を止めたくなるほどに愛おしい時の重みを、朝日に照らされた花を見つめる二人へと伝われば、それでいい。


輝き始めた緑の木立を通り過ぎ、抜けるような空を仰いだ一人の青年の瞳から雫がひとつ零れた。

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